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名古屋地方裁判所 昭和37年(ワ)406号 判決 1964年3月24日

理由

一  被告富士興産が原告に対し訴外加藤恭造を連帯保証人として金十五万円を、弁済期昭和三十三年九月三十日、利息月六分の割合の約束で貸与したことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証に原告及び被告富士興産代表者各本人尋問の結果によれば、右貸与の日は昭和三十三年七月三十一日であり、この貸借には遅延損害金は日歩金二十七銭の割合とする旨の特約あつたこと、同被告は、原告に対して金十五万円を貸与したのち、貸借期間二ケ月分の利息として金一万二千円を受領したことが認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果部分は信用できないし、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、原告が昭和三十三年八月一日右借用金返還債務の担保のため、原告所有の第一の山林及び第二の建物について、原告が借用金返還債務不履行のときには被告富士興産において一方的に代金十五万円で売買を完結させて代金債務と貸金債権とを対等額で相殺することができる旨の売買予約を締結したことは、当事者間に争いがない。

二、次に、被告富士興産が第一の山林及び第二の建物について、昭和三十三年八月二日名古屋法務局受付第五二八六号をもつて前記売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を経由したこと。同被告が昭和三十四年九月十五日原告に対して売買完結の意思表示をなし、昭和三十五年一月十六日同出張所受付第二四四号をもつて昭和三十四年九月十五日売買を原因とする所有権移転登記を経由したこと、その後、第一の山林及び第二の建物については、被告恵方商事のために同出張所昭和三十五年一月十六日受付第二四五号をもつて、同日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記なされ、更に、第一の山林については、被告片桐秀子のために同出張所同年三月二十一日受付第二三七九号をもつて同日譲渡を原因とする所有権移転請求権移転登記並に同出張所同日受付第二三八〇号をもつて同日売買を原因とする所有権移転登記がなされていることは、いずれも当事者間に争いがない。

三、ところで、原告は、被告らのためになされている前記各登記は抹消されるべきものであると主張し、その理由として、まず、「原告と被告富士興産との間に締結された第一の山林及び第二の建物についての売買予約は、公序良俗に反し無効である。」というので、以下この点について判断する。

(証拠)を総合すれば、第一の山林及び第二の建物は、原告にとつて最大の財産であり、第二の建物は住居に使用しているものであるが、第一の山林は、実測面積が約三千八百余坪であつて、昭和三十四年八月頃には、第一の山林の時価が一坪あたり約金二百円計約金七十六万円位、第二の建物の時価が約金十五万円位で、両者では合計金九十万円以上の価格を有し、なお第一の山林は、附近の山林とともに値上りしつつあつたこと、原告は、昭和三十三年七月当時警察官であつたが、知人の訴外加藤恭造より、メツキ工場の経営資金を貸与して貰いたいと申込まれたものの自身に余裕金がなかつたためこの申入を絶つたところ、その後、同訴外人において、原告所有の不動産を担保として被告富士興産より借用できるように交渉してきたとのことであつたので、同訴外人とともに被告富士興産を訪れ、第一の山林及び第二の建物を担保として金十五万円の借用を申込んだものであること、そして、交渉の結果、同被告の要求どおりに原告が借主となり、同訴外人を連帯保証人として金十五万円を前記のような約定で借用し、その担保のために第一の山林及び第二の建物について代金を十五万円とする前記のような内容の売買予約を締結したのであるが、右借用金は、同訴外人において費消したこと、右借用当時、原告は、同訴外人より二、三ケ月後には借用金を返済できる予定であると聞き、また、被告富士興産より、弁済期に元本を返済できなくても約定の遅延損害金さえ事前に支払いさえすれば、元本の弁済を猶予し、売買完結の意思表示もしないとの了解を得たので、原告は、借用金を返済できなくなり同被告より売買完結の意思表示をされるような事態が生ずるなどと懸念することなく、安易な気持から、第一の山林及び第二の建物の時価を評価させるとか、担保提供の方法として売買予約が適当なものかどうかを考慮しないまま、被告富士興産の要求どおり借用金額と同額の金十五万円を代金額として売買予約を締結したものであること、一方、被告富士興産は、原告や訴外加藤恭造より、借用金十五万円は同訴外人において使用するもので、原告は実質上担保提供者にすぎないものであることを聞いて知りながら、第一の山林及び第二の建物について時価等の調査をなしたうえ、原告を借主として貸与して、約定利息たる月六分の割合による二ケ月間の利息金一万八千円の前払を受け、担保方法も抵当権設定ではなしに売買予約によつたものであること、ところで、原告は、訴外加藤恭造の事業が好転せず同訴外人より金十五万円の返済を受けられなかつたため、昭和三十三年九月三十日の弁済期に被告富士興産に対して借用金十五万円を返済できず、やむなく(イ)同日同被告に対して同年十月一日から同年十一月三十日までの約定の遅延損害金として金一万二千百五十円を支払つたほか、その後も元本金が返済できないまま、(ロ)同年十一月四日金二千百五十円、(ハ)同年十二月三十日金三千円、(ニ)昭和三十四年二月二十六日金一万円、(ホ)同年四月十一日金一万円、(ヘ)同年七月二十二日金一万円、(ト)同月三十一日金一万円、(チ)同年八月七日金一万円、(リ)同月三十一日金一万円、(ヌ)同年九月十八日金三万円を支払い、また訴外加藤恭造も(ル)昭和三十四年八月七日金一万円、(ヲ)昭和三十五年一月六日金三万円、(ワ)同月二十九日金五千円をそれぞれ支払つたが(なお、これらの支払のうち(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(ヌ)(ル)(ヲ)の日時にその金額が支払われたことについては、当事者間に争いがない。)、その間、同被告は、昭和三十三年十二月二十二日、原告に対し内容証明郵便でもつて、この郵便到達後一週間以内に二ケ月分の遅延損害金を支払うよう催告するとともにこれが不履行の場合には売買完結の意思表示をなして貸金債権と代金債務とを相殺する旨を警告し、また、昭和三十四年九月十五日には、内容証明郵便でもつて売買完結の意思表示をなしていること、そして、同被告は、前記のような各金員を受領した際には、原告や訴外加藤恭造に対し、損害金として任意に支払うものである旨の記載ある損害金支払票を徴していたこと、が認められ、この認定に反する被告富士興産代表者尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、原告と被告富士興産との間に締結された売買予約は、その代金額が時価と関係なしに借用金額によつて決定されたものであつて、時価の六分の一にしかすぎず、かつ同被告が一方的に売買を完結しうることによつて原告に対し、利息制限法が借用金十五万円について許容する遅延損害金の最高限度たる年三割六分の約二、七倍に相当する高利の約定遅延損害金(日歩金二十七銭の割合)の支払を強制する効果を有するものであるから、借主たる原告に比して貸主たる同被告にあまりにも有利な地位を取得させるものであるといわなければならないし、また、それが締結されるに至つたのは、同被告において直接強制したものではないにしても、同被告は、原告や訴外加藤恭造との応待によつて、原告が同訴外人の入要金を早急に用立てる必要上、担保提供方法等について充分の考慮を払うことなく同被告の申入れどおりの約定で金十五万円を借用したうえ売買の予約を締結するものであることを知りながら、原告との間に売買の予約を締結したものであるから、右売買の予約は、原告の窮迫、無思慮に乗じて締結されたものであるというを妨げないのである。

従つて、原告と被告富士興産との間に締結された第一の山林及び第二の建物についての売買予約は、著しく社会的妥当性を欠き、公序良俗に反し無効であるといわなければならない。

(なお、被告らは、「原告は、前記金銭貸借及び売買の予約締結当時、警察官であつて、窮迫に乗じられて契約を締結するような人物でなく、第一の山林及び第二の建物の時価も貸金額程度にしかすぎなかつた。また、被告富士興産が原告の窮状に乗じて暴利を得ようという意図を有しなかつたことは、同被告がその後原告に対してとつた措置からして明らかである。」と主張しているところ、原告が前記金銭貸借及び売買の予約締結当時警察官であつたこと並びに被告富士興産がその後売買完結の意思表示をなすまでの経緯は、前記認定のとおりであるが、警察官であるからといつて当然借金の際に窮迫に乗じられて契約することがないとはいえず、むしろ警察官が利息制限法所定の率以上の高率の利息、遅延損害金の約定で借金したこと自体が通常でないともいえるし、前記認定のような売買完結の意思表示がなされるまでの経緯に徴すると被告富士興産としては、売買の予約に基く売買の完結権者たる地位を利用して原告や訴外加藤恭造より約定の遅延損害金の支払を受けられる間はその支払を受けようとしていたことが明らかであるので、原告が売買の予約当時警察官であつたことや同被告がその後原告に対してとつた措置からは、前記判断を左右することはできないのである。また、被告富士興産代表者は、「第一の山林は、売買の予約締結当時、原告に対する払下げが取消されるおそれがあつたうえ、所有権移転も困難な土地であつたので、第二の建物と合わせて時価金十五万円位のものと評価したと供述しているが前記認定のように同被告は、第一の山林について原告より所有権移転登記を経由することができたのであり、売買の予約当時における第一の山林の価格は約金七十六万円位と評価されているのであるから、右供述部分は信用できないのである。)

そうすると、原告と被告富士興産との間に締結された第一の山林及び第二の建物についての売買予約が有効であることを前提としてなされている前記各登記は、いずれも無効なものというべきであり、被告らは、それぞれ当該被告のためになされている前記各登記の抹消登記手続をなすべき義務があるといわなければならない。

四、よつて、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容。

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